お湯ちゃん

変なAPU生がカンガエタこと(^.^)

Why I Learn Engilish that I thought Meaningless

Oyu-chan here!(+o+)

 

These days, I post instagram in English like a retunee student who pretends local. But until quite recently, I thought learing English is not productive.This is because the AI technology can be a substitute for the language difference.

 

But ,my mind changed 180 degrees.

 

The reasons why I changed are following,

1, Improvement of my English level

2, Travel abroad

3, Friends

 

1,Improvement of my English level 

First, before came to APU, I heve never studied aboroad. So my English is much more bloken than now.At APU is the first time to use English in earnest. Then, my English level improved naturally. I receive two benefits through the change.

  • You can find greater community for you.

      It usually happens that community that you belong to is uncorfortable. At the situation, English speakers can choose new environment from various community. If you speak only Japanese, you would meet similar peeps.

 

  • Your starangement would be accepted.

           In Japan, I am a little bit strange. but i guess we are different but all of us pretend common people. Because Japanese speaker is a small cammunity and there is traditional order. In such a community, the strange go to distiny to removal.

 

2,Travel abroad.

1 month ago, I visited malaysia with my friend. We reserved transportations and some tours separately. But only I can use internatinal website for that. Then I found that on the international website , there is cheper and better and more kinds content than Japanese ones.There are more opotunity to enjoy travel that I didn't know.

 

3, Friends

At APU, I have many close international friends and I experienced a lot of frustrated situations. For example, I dont have ability to say what i wanted to, I was took care of my understadings and i was made fun of the English level.Theresfore simply I want to learn English.

 

 

I have now came to realize that the idea that  English is meaningless might be  just excuse not to study Engish.

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Recognition of Racism in Japan

Hi there! I'm Oyu-Chan!(+o+)

 

 

Recently, COVID-19(corona virus) is a hot topic in this world. Needless to say,  Japan is not an exception. Far from it, Japan is recognised as the worst country and we are denied into approximately 40 other  countries. Even though some countries allow access of Japanese citizens to enter thier countries, they are often discriminated by the public just because they are Japanese.

 

In the other words, there are racists, and we are racistee.

 

In Japanese, there is no word that litterally translated to "racist". "Genius English-to-Japanese dictionary" states  racist means 人種差別主義者, but no one use 人種主義者 for daily use like the term racism is used in English. From a traditional perspective, one of the reasons why I said so is because Japanese as a whole is considered as one race (人種) so there had been no such mindset regarding racism.

 

Therefore, this year during the widespread of COVID-19,it id the first time that Japanese are experiencing RACISM.

 

 

For oyu-chan, racism is a familier word beause I heard the word alot, maybe even too much from international student at APU 

 

I have a close friend from Africa. She is amazing and cool, and we can talk about  anything. I respect her tolerance and open mindness. And I have learned a lot of English from her. The word "racism" is one of them. (She uses it with black jokes lol. )

 

But she said to me"you are racist!" even when I am advicing  her own problem. To me, it sounds like it is an excuse to not listen to my advice, but I was referring to "her" as an individual but not her race as a whole because I heve never considered her as a "black person" but rather a fellow "human", just like me.  Obviously,  I learned terrified "racism"history that the race went. I guess there is cuture to grasp the topic about race is evil beacause of education or environment. So, there is no suprise that they responed sensivility to the words, and i know it is not her problem,but it is just a culture difference.

 

As the japanese famous poet saying goes ,"minnna tigatte minna ii”(it means "I see your true colors shining through, I see your true colors and that's why I love you.")

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲイのやっちゃんが話してくれたずっと忘れられない話

お湯ちゃんです(+o+)

 

今回は、個人的な事柄として帰せられるべき人種や性別や性自認という「属性」を過大取り上げて一個人の主語がデカくなっちゃってることについて。

 

今日は、お雛まつりですね~~お湯ちゃんの実家でも、おばあちゃんが私が生まれた年に買ってくれた日本人形のひでこちゃんなどお人形さんたちが一年ぶりに飾られています。この年になってもやっぱりお人形さんはわくわくしますね~~

 

でもでも、、、お雛祭りがもともと女の子のお祭りでなかったのは、ご存じですか?上級古文知識なので、知っている方もいるかもしれません。「上巳の節句」というワードを出せばわかる方も多いかもしれません。季節の変わり目に身体の穢れを清める行事でしたね~~~

 

でも、さ、女の子の日も男の子の日もあるけど、その二つしかないよね?

二つ以外のことは無視~~??「おめえの席ねえから!」ってやつ??それってなんだか違和感を感じます。

 

 

お湯ちゃんが、性の多様性にこんなに敏感になったのには理由があります。

それは何年も前、哲学カフェで「ゲイ」のやっちゃん(仮名)が話してくださった話です。

やっちゃんは次のように語ってくれました。

「私が一番つらいのは、好きな人に好きになってもらえないことではありません。好きな人を好きだということを口にだせないことです。本人ににも、ましてや友達にも言えません。」

 

好きという気持ちを伝えるだけでも、ものすごい覚悟なのにそんな十字架背負うなんて想像するだけできついだろうな、。お湯ちゃん、好きな人に好きと言えない、、。(ほんとに)

 

この十字架を取り払うためには、どの性がどの性に恋をしても、好きと言ってもよい社会になればよいと思っています。

 

こういうことをいうと、レインボープロジェクト~~!!LGBT+の権利を認めろ~~~!!みたいな人たちが出てきます。お湯ちゃんは、それにも少しうさん臭さを感じてしまいます。理由の一つに、三つ前の支援に対する記事で述べていたものがあります。フェミと呼ばれている方々にも同じような違和感を感じます。

 

 

 

もう一つの理由は、アイデンティティを本人の性に持つ必要はないというものです。その人はその人。お湯ちゃんは、最近まで好きな人がいましたが、男としての彼がすきだったのではありません。大好きな彼がたまたま男性だったのです。(彼とセクシュアリティの話はしていないので、彼の自認性はわかりません。しかし、名前をここで書けるわけもないので彼と書かせていただきます)

 

ここで、”性的な魅力"問題が勃発します。「性的な魅力を感じる=好きじゃん」派。でも、さ、言い方悪いけど、セクシーな女性もセクシーな男性も世の中まあまあいますよね。それで、すぐ好きになりますか?なんならどんな性に関係なく性的な魅力ってかんじませんか?例えば、エライザ様の森のくまさんみたいな人ってエロっておもっちゃいますもん、あれは不可抗力。つまり、性的な魅力問題は、そもそも問題ではないと思うんです。

 

これって、性の話だけではないと思うんです。人種差別とかでもそうです。お湯ちゃんは、APUでアフリカ系の友達がたくさんいます。その子たちとはなんでもはなせます。だから、込み入った話もします。時々、お湯ちゃんは、その子個人の話をしているのに、レイシスト!といわれることがあります。お湯ちゃんはその子個人の問題について話しているのにレイシストで片づけるなんて都合がよいなと思います。たしかに、彼らアフリカ系が歩んだ屈辱の歴史の傷は深く、レイシストに敏感な文化なことはわかっています。だから、お湯ちゃんの友達が悪いわけではありません。しかし、やっぱり自分の肌の色やナショナリティアイデンティティを持っていると、個人の問題に目を背ける結果になっているとおもいます。

 

つまり、性にしろ人種にしろその特性にアイデンティティを置くことは、当事者自身の逃げにもつながっているとおもいます。

 

ここまでよんで、貴方はタイトルに違和感や嫌悪感を感じましたか。ゲイのやっちゃん。私が主張しているのは「ゲイのやっちゃん」ではなく「やっちゃんはやっちゃん でしょ」ということです。この最大の皮肉を分かってくれる方がいたらうれしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

お湯ちゃんブログをオンラインサロン(仮)にしたい

お湯ちゃん改め、ここ3日毎日投稿ストイックにしてるお湯ちゃんです(╹◡╹!!!!

 

なぜ、ここ3日毎日できているのかというと、、

初回のカンボジア布ナプキンを浸透させようとしてた話の反響がよくて、私の中のこのブログの存在感が上がったからです。

 

 

まず、わたしのブログに向き合ってくれてそれに対する自分の考えをこんなに真摯に書いてくれた人がいたのが初めてでした。
実はお湯ちゃんは、このブログ以外にも匿名でまあまあみてる人いるブログを書いていました。購読者数は比較にならないくらい多かったです。しかし、こんなにアツアツな当事者の意見が聞けたものはありませんでした。だから、すごく嬉しかったです。ありがとうございます!

 

そして、リアルに関わってる人に公開してるのはこのブログがはじめてなんです。
そして、このブログを始めた理由が、Apuの友達に”自分”を出せてなかったから。話して伝えられない部分は文章で伝えようという魂胆です。

 

そして今、この記事によってお湯ちゃんに対してのイメージが変わった人が何人も出てきています。当初のねらいどおりなのなのです。(╹◡╹)


だから、「表現」の可能性をすごく感じています。そして、みんなの「表現」を知りたい。
だから、apuの団体に入っている人が自分のストーリーで自分の言葉で「表現」してくれたのはその一歩でした。お湯ちゃんはそれらに入ってないから、そこの人間関係とかは関わっていません。しかし、それがあるのに実名でストーリーで自己表現をしてくれた子たちがいて、勇気がある人たちだなあと思いました。 

 

 

そして、、

お湯ちゃんの記事をみたいろいろな人が

その人が納得する言葉で、

その人自身の意見をシェアしてくれる

 

のが理想です。

 

私が投稿したらどんどんそれをあげてもらえるオンラインサロン的な。

そのとき、意見は肯定でも否定でも中間でもなんでも良いです。なんなら、この記事のこの言葉選びはこっちの方が良く無い?とかでも面白い!

 

貴方の意見をシェアして欲しいです。

 

どうして"シェア"なのか。この記事を通して自己表現をして欲しいからです。単なる自己表現とは異なります。この記事の範囲内の自己表現によって、他者比較がしやすくなります。その時の比較は、ランク付けなどではなく文面通りの比較。

 

お湯ちゃんとしても、自分の時間を投資してこの記事を書いているため、

より多くの人に見てもらいたいです。

 

だからお願いです。シェアしてください。

しかも、自分が納得する言葉で。それをみた貴方のフォロワーさんがわたしのブログを見にこれるようにタグ付けしてくれたら嬉しいです。

ブックマークもしくはホーム画面追加も!!!

いつか貴方が古参アピールできる日がきますように

大学入学前の春休みは友達と遊べ

お湯ちゃんですう(╹◡╹)

 

 

三月になりましたね…!3月はお別れのシーズンですよね。特にそれを強く感じているのは春から大学生の方々なのではないでしょうか。お湯ちゃんも、ちょうど一年前くらいに、経験しました、、。卒業式が始まる前に、野々村議員のごとく大号泣してヒンシュクを買いましたね〜(この涙はわたしの波乱の高校生時代を知ってる方には理解していただけるハズ、、!)

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彼について、なんだか面白い切り口の記事を見つけたのでよかったら

野々村竜太郎議員を辞職させるな!氏の本当の狙いに気づき僕は号泣した | STORYS.JP

 

 

今年は前倒し卒業式ということでもう春休みの方も多いのではないでしょうか?

ご卒業おめでとうございます!

そして、大学合格を手にした方、おめでとうございます。

浪人生活を終えた方もおめでとうございます!

本当に、お疲れ様でした。 

 

そんな貴方に、入学前の「春休みの使い方」ついてのアドバイスをします。お湯ちゃんは今月までは一回生なので、春休みが記憶に新しいです。だから、参考にしてもらえるところがあると思います。

 

 

 

 

①まず、これはまじの話なんですけど、できるなら春休みはバイトとかよりも家族と友達、特別な人との時間を大切にしてほしいです。特に、家族。わたしは、離れてから気がつきましたが、貴方が考えているよりも何百倍も貴方の親御さんは貴方のことを気にかけてくれています。大切な存在です。騙されたと思って"貴方の家族"についてじっくり考えてみてください。そして、毎日会えてた友達、離れると意外と会えなくなります。貴方たちの当たり前が当たり前じゃなくなる時代がもうすぐそこまできています。

 

 

そうだろう?

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②自分の好きな分野を極めるのも有益!

それを教養分野で深いところまで学べるし、友達ができるきっかけにもなるっていう自分自身が楽しめる&対外的にも役に立つ一石二鳥なんです。

 

 

人生は冒険や!

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上記の二つは、卒業した後はバイトをしなければならないという事情がある方には何を言ってるんだという話かもしれません。そのような方は③はどうでしょうか?

 

 

③筋トレ

APUは海外志向が強いからなのか、筋トレを楽しんでいる人たちが多いです。(欧米では、日本に比べると顔よりも体つきに魅力を感じる傾向があります)お湯ちゃんの友達にも、細マッチョやアスリート系、ボディビルダー系などいろんな種類の筋トレマニアたちがいます。彼らと接していて感じるのは、「根拠のない自信」を持っている人が多いということです。

お湯ちゃんはその逆で、筋トレを頑張ろうとするけど挫折しちゃう、ここ数年の劇的な増量(美味しいものいっぱい食べすぎてるだけ)で、外見に自信がないです。特に男女関係になると必要のないネガティブな考えになることが多いです。

出会いの時期に、自信を持つことで積極的に新たな人脈を増やすことにつながります。(余談ですが、大学は人脈が大切だと思います。なぜなら、自分のことを一番気にかけてくれる家族が近くにいないからです)

 

なんだかんだ書きましたが、、

 

 

"今"あなたがやりたいことなんでもよいからやってみるのが一番おすすめです。

 

 

あとね、時間の無駄だなぁって思うのはSNSの#春から○○してる人。今でもネタにされてる人いるし、ハッシュタグで先輩にもバレちゃうから、新たな黒歴史の1ページを飾ることになっちゃいますよ⭐︎

カンボジアで布ナプキンを普及させようとしてた話

ご無沙汰してます(╹◡╹)お湯ちゃんです!

 

今回は、発展途上地域支援を行なっている大学生に見て欲しいです。

APUの有名どころだと、○ンゴや○タットがありますね、、

 

 

ただいまニッポン

 

マレーシアとシンガポールに行ってきました(╹◡╹)

今回は単純に友達と旅行(名目は漫才合宿…)として行きました。

 

なぜ、「単純に」と述べたのかというと単純ではなかったことがあるからです。

お湯ちゃんが、高校生の頃、カンボジア布ナプキンを浸透させる活動をしていたことがあり、その時は調査で行きました。女性特有の生理の対策を立てることで、男女格差が小さくなると考えたからです。

 

でも、いまはやっていません。

 

なぜなら、、

その事業が、現地の男女格差があることで成り立ってる規律を阻害しているなと考えて、辞めました。

カンボジアの村は「男女格差」があることで、うまく回っていました。

 

これを知った時、お湯ちゃんは悩みました。

 

「誰かを犠牲にしてうまく回っている社会を変える必要があるのではないか」

 

これは、簡単に述べると、より多くの現地の女性が発言権を得るということです。文字だけを読むと良いことのように思えます。しかし、女性が発言権を得ることで、村々の慣習が崩壊してしまう危険性がありました。村々の慣習で、村の秩序がたもたれていることは一目瞭然でした。わたしの活動だけで、村を大混乱させることはできませんでした。

 

悩んだ末に、このプロジェクトを中止しました。

 

この決断が良かったのかは、振り返ってもわかりません。この決断が速すぎたことは分かっています。このナイーブな問題には、長い年月をかけて対応するべきでした。しかし、これから大学生になり世界が広くなって関わってくれる人もより多種になっていくことは予想でき、それでもブレずにこの活動をしていく覚悟がお湯ちゃんにはありませんでした。たしかに、現地の女性たちにたしかな希望を持たせたり、村長たちとお話しを重ねたりしている最中にやめるという最悪のパターンは避けることができました。

しかし、そのプロジェクトにおける功績はゼロだし、お金も時間も支出のみで終わりました。

 

 

この話を通じて、発展途上地域支援事業に関わっている貴方に伝えたいこと。それは、、

 

独りよがりになっていませんか

 

ということです。

 

非難を避けずに述べると、

発展途上国に関わっている自分に酔っている大学生や発展途上地域支援をしたという功績のために活動している大学生がいます。

多額の活動費を支払って、その活動費は東京の本部もしくは世界のどこかの本部のお偉いさんのポケットマネーになっているということもあります。

また、真面目に活動しているけど、視野が狭すぎる人もいます。

 

  • 支援対象が、いまの状況に置かれている原因はなんなのか
  • その状況に置かれていることでどのように社会が動いているのだろうか
  • あなたが解決したい問題は本当にその支援地域の問題なのか
  • 都市化は絶対善なのか 

 

わたしは時々パンゲアの住人と化します。だから、貴方たちがたくさん会議を重ねているのを知っているつもりです。お湯ちゃんが上記にあげたことなんか何回も話し合ったかもしれません。それでも、その都度思い出してほしいです。

 

支援の軸は、支援対象です。

 

 

 

 

伝え方の話

私は、今実家に帰省している。

 

私の家族は、父と母の二人だ。両親のことは、世界で一番尊敬している。父は、経験値と教養のレベルがものすごく高く、なおかつ私の考えを汲んでくれる。相談者として最適なのはもちろん、私はが別府にいて会えてないときでさえ、私に有益な情報を与えてくれる。母は、会話のセンスが私とあっており、私の身の回りのことをよくわかっていて、気にかけてくれる。

 

しかし、相手が自分が思ったことをできなかった場合の"伝え方"に関しては、最悪である。

昨日、両親が仕事から帰ってくるまで、クアラルンプールに行くための荷物を詰めていた。その後、彼らがかえって来た。そして、「今日、やったことを見せて」と言われる。これは、想定内だ。しかし、ここで彼らが思ったことものが入っていなかったようだ。

 

 

「こんなんもできないなんてかわいそう。いつもくちばっかり大きいことを言うけど、こんなこともできないなんて、くちさきだけ。病気なんだからしょうがないもんね」

 

この「かわいそう」、poorというよりpitifulを含んでいたように思う。この二つの英単語の違いは、軽蔑を含んでいるか否かである。後者は、少し軽蔑の気持ちが入っている場合に用いる。

かわいそうという言葉は目上の人に面と向かって言える言葉ではない。つまり、この言葉は、敬意を含んだ言葉ではない。私は、どんな人種でも何歳であっても、相手に敬意(尊敬ではない)をもって接することが大事であると考えている。しかも、こんなこともできないなんてかわいそうという言葉は、相手の能力に同情している言葉である。相手に対して注意をする場合に、その論点について以外のことを持ち出すのはルール違反であるとおもう。これは、交渉でもディベートでも同じことだ。

 

では、どのような伝え方が、スムースであったのだろうか。

 

①何ができていないのか伝える

これだけでいいのだ。

 

ここに、過去にした同じような失敗談、能力不足であること、それに対する自分の軽蔑的な感情を含ませる必要はどこにもない。たしかに、自分が被る被害などを相手にわからせたいという感情が沸くのは当然である。しかし、そのエゴを相手に示したいという名目の優先順位が高いのであれば、その発言の価値は負であり、何も伝えるべきではない。

 

私は、明日から友人とクアラルンプールに旅行に行く。相手に伝えなくてはならないことがたくさんある。正しい伝え方を心掛けたい。